「マネージャー! おはよう!」

移動車の前でスケジュール帳を確認していると、遠くから声が聞こえてくる。
アールくんの声だ。
顔を上げて見ると、向こうからMARGINAL#4の4人がやってくるところだった。

「おはよう、みんな。まさか集合時間より前に全員が揃うとは思わなかったよ」

私はそう言って、ちらりと腕時計を確認する。本来の集合時間より30分も早い。
今日はイベントの設営日だ。それだけ、みんなの気合いが入っているということだろう。
私の言葉を聞いて、ルイくんが口を開いた。

「なんだかソワソワして、早くに目が覚めてしまったんです。
でも、それは僕だけじゃなかったみたいで……」
 
ルイくんが少しだけ恥ずかしそうに告げると、すぐにアトムくんが反応する。

「そうそう! オレ様も今朝は5時に目ェ覚めちまったし……」
「俺はまだ眠いんだけど……」

エルくんは眠そうに目をこすった。ピンピンしているルイくんとアトムくん。
それとは対照的に、エルくんは先ほどからしきりにあくびをかみ殺している。

「エル、昨日は遅くまで練習してたの?
夜中にぼくが起きた時、まだ部屋の電気がついていたみたいだったから……」
「うん、まあね~」
 
アールくんの言葉に、エルくんは眠たげな声で答えた。
そんなエルくんの目を覚まさせるためにも、私はパンパンと手を叩いてから口を開いた。

「はい、みんな、いいかな。今日はついにイベントの設営日です。
明日の本番のためにも、今日の設営から気合い入れていこう!」
「おう! まかせとけ! このアトム様にかかれば、準備なんて一瞬だぜ!」
「頑張ります!」

アトムくんとルイくんの声を聞いて、エルくんもちゃんと目が覚めたらしい。
まかせて、と言いながらキャリーケースを手に取った。

「みんなで頑張ろうね! じゃあマネージャー、そろそろ会場に向かう?」

アールくんにそう言われて、私は腕時計とスケジュール帳を照らし合わせる。
そろそろ出発の時間だ。

「そうだね。じゃあみんな、乗って!」

全員が乗り込むと、車は会場に向かって走り出した。
 
  ★☆★

到着すると、私たちは荷物を抱えて車から降りた。

(ここで……明日イベントが行われるんだよね……)

会場となるイベント施設を見上げて、私はそんなことを思う。
明日が本番だということがなんとなく信じられなくて、
私は確かめるように何度もスケジュール帳を開いていた。
そんな私の様子が気になったのか、アールくんが声をかけてきた。

「どうしたの? マネージャー。ソワソワしてるみたいだけど……」
「うん……なんだか、明日が本番っていうのが信じられなくて……」
 
私がそう言うと、アールくんも会場を見上げた。

「そうだね……ぼくもまだ実感がないや。
でも……ついに明日、なんだよね……当日失敗しないかとか、
色々心配だけど……でもすごく楽しみだよ!」

その言葉に、私はゆっくりと頷いた。そうだ、ついに明日が本番なのだ。
最後まで気を抜かないようにと、ぐっと手を握る。
みんなのほうに歩み寄りながら、私はふと駐車場に目を向けた。
駐車場には5台以上のトラックが並んでいる。

(……あれ? こんなにたくさん搬入するものあったっけ……?)

私は慌ててスケジュール帳を開く。
事務所から手配しているのは2台分のトラックだけだ。何度も確認したから間違いない。

「……あの、マネージャー……たくさんトラックが来ているようですが……
こんなに準備するものありましたか?」

ルイくんは不思議そうに首をかしげた。
私は首を横に振る。

「もしかしてオレたちへのプレゼントだったり……ってそりゃねーか」
 
不安げな声を漏らしたルイくんに、アトムくんが明るく声をかけた。
けれどそんなことを言いつつも、何か違和感を感じているようだ。
エルくんとアールくんも、まわりをきょろきょろと見回している。

「と、とにかく一度、中に入ってみようか」

私たちは首を傾げながら、会場内に入っていった。
会場内からは、たくさんの人の声と、荷物を運び入れる音が響いている。
何も問題ない、順調に準備は進められているんだ――そう、思ったのだけど……。

「え……?」
 
私は思わず声を漏らす。
隣を見ると、4人も唖然とした様子で会場内を見つめていた。
そこに運び込まれていたのは、大量のふとんだった。
天井から吊るされた看板には「全国ふとん展示会」と書かれている。

「え……何これ……どういうこと?」

エルくんの疑問に答えてあげたいけれど、私も状況の把握ができていない。

「ちょっと君たち! そんなところにいたら作業の邪魔だよ!
どこから入ってきたんだい?」

何もできず、立ち尽くしている私たちの背後から鋭い声が飛んでくる。
慌てて振り返ると、ひとりの男性がこちらに向かって歩いてきているところだった。

「君たち、一体なんの用だ?」
「あ……失礼しました。私はピタゴラス事務所の片岡と申します。
明日、この会場で行うイベントの設営に来たのですが……」
「何? イベント? ……おかしいな、そんなはずは……」

私がそう答えると、その男性は眉をひそめた。
ちょっと失礼、と私たちに背を向けると、どこかへ電話をかけ始める。
その間、表情こそ見えないが男性の口調からは、ただならぬ様子が伝わってきた。
それを見て、私たちは心配そうに顔を見合わせる。
しばらくして電話を終えた男性は、私たちのほうを向いた。
先ほどとは違った様子で、いきなり頭を下げる。

「みなさん、大変申し訳ありません!」
「え? え? ど、どうしたんですか!?」

アールくんがそう尋ねると、男性は顔を上げた。

「……実はちょうど搬入が行われているふとんの展示会と、
みなさんのイベントがダブルブッキングしていたようなんです……!」
「……えぇっ!?」

その言葉を聞いて、私たち5人は同時に声を上げた。

(ダブルブッキング……!?
そんな……ちゃんと確認して手配したはずなのに、どうして……?)

私がそう思ったのが伝わったのだろう。男性は慌てて付け加える。

「会場の貸し出しを仲介していた業者のほうで、手違いがあったらしくて……」
「なんとか調整してもらうことはできないんですか?」

私はそう尋ねたが、男性は首を横に振った。

「はい……先ほど確認したところ、会場の予約は展示会のほうが先だったようです。
ですから、今回は……」
「うそだろ……じゃあオレたちのイベントはどうなるんだよ!?」

男性に詰め寄るアトムくんだったが、
相手はどうにもできないといった表情で謝罪を繰り返すだけだった。

(このままここで押し問答をしていても、何も変わらない……よね)

すでに設営のスタート時間は過ぎている。
これから別会場を確保して準備ともなれば、時間は1分でも惜しいところだ。

「みんな……とりあえず、一度外に出よう」

私は4人を連れて、会場の外へ出た。

「マネージャー、このあとどうしよう……」

アールくんの泣きそうな声に、胸が詰まる。

「まさか、こんなことになるなんて……」

ルイくんはそう言って、唇を噛み締めている。
エルくんは口を結んだまま会場のほうを見ており、
アトムくんも何か言いたそうに地面を見つめていた。

(準備までは順調だったのに……)

そこまで考えて、あの占いが頭をよぎった。
近々大変なことが起きる――マダムは確かにそう言っていた。
不安に押しつぶされそうになりつつも、でも、と私は頭を横に振った。

(占いなんて気にしちゃダメだ。
みんななら乗り越えられるって、この前言ったばっかりじゃない!)

数日前のことを思い出す。あの時は、みんな占いの結果に不安になっていた。
でも、自分たちならどんなことだって乗り越えてみせると、
星の巡りだって変えてみせると、そう言っていたはずだ。
私は、パンッと自分の両頬を叩いた。

「私、他の会場が借りられないか、掛け合ってくる!」
「マネージャー……でも今からじゃ無理だよ……」
「無理かどうかはやってみないとわからないよ、アールくん!
……私は、みんなが頑張ってきたことを、無駄にしたくないの」

私がそう言うと、みんなはっとした表情になる。
アトムくんも私と同じように自分の両頬をバシン! と叩いた。

「オレたちも行くぜ、マネージャー! 5人もいれば、どっか借りられるだろ!」
 
その言葉に、他の3人も頷く。が、私は静かに首を振った。

「ありがとう……でも大丈夫! みんなはここにいて。
絶対、会場押さえてくるから!」

それだけ言い残すと、私はすぐに走り出した。

  ★☆★

「……そうですか……ありがとうございました、失礼します……」

私は電話を切りながら、手帳に横線を引いた。

「全滅……かぁ……」

この近辺にあるライブハウスやデパートのイベントスペース、体育館など、
イベントが開催できそうな施設に片っ端から連絡を取ってみたのだが、
すべて残念な結果に終わっていた。
たまたま立ち寄った公園で、私はベンチに腰を下ろす。
さっきからため息しか出てこない。
私たちがイベントを行うのは明日だ。
今日連絡をしたところで、空いているところは限られているだろう。
それでもどこか1か所くらいは……と思っていたのだが、甘かったようだ。

(他に、この辺りに何かないかなぁ……)

私は公園に立てかけられた周辺地図に目をやる。
けれどそこに書かれている施設は、もうすでに断られていた。
再びため息をついて、ベンチに腰を下ろそうとした時、ふとこの公園の案内板が目に入る。
ぼんやりと眺めていた私の目に、ある文字が映った。

(……あ!)

ここならいけるかもしれない……そう祈りながら、私は公園の事務局に駆け込んだ。
 
  ★☆★

それからしばらくして。
私たちはここ、佐々木公園の中央にある広場に再集合していた。

「まさかこんなところが借りられるとは思いませんでした……」

ルイくんが言う通り、私もまさか使わせてもらえるとは思っていなかった。
こんな公園のど真ん中を。
本来は室内でやる予定だったイベントだったので。持ってきているのは音響の道具のみ。
どうやってこの広い公園をイベント会場にするか、私は考えあぐねていた。
すると、エルくんが私の肩をぽんぽんと叩く。

「あそこに、少しだけ高くなってる石段があるでしょ?
そこをステージ代わりにしたらどう?」
「その左右にスピーカーを置けば、即席ですがステージになるのではないでしょうか?」

ルイくんにも言われて顔を上げると、
アトムくんとアールくんがその石段の上に立っていた。

「少しでこぼこしてるけど、4人で並べそうだよ!」
「ここに立つと、結構眺めいいぜ!」

アールくんがぴょんぴょん跳ねてみせる。
確かに、あのくらいの高さならステージの代わりになるかもしれない。

「あとは……そうだ。アトムくん!
前に俺、タイトル書いた紙を貼ればって言ったけど……
それ、この木にぶら下げたらどう? ここなら、いい目印にもなると思うし」
「おお! そうだな! 書いてきてよかったぜ!」

エルくんの言葉を聞いたアトムくんは、言うが早いか石段から飛び降りると、
さっそく準備を始めた。

「これでステージのほうはどうにかなりそうだね~。
あとは……お客さんのことだけど……」

エルくんが言った。そうだ。
肝心なのは、会場の変更をどうやってお客さんに伝えるか、だけど……。

(今から会場変更の告知をしている時間はないよね……
もっとスムーズに知らせる方法は……)

「マネージャー、なーに悩んでるの?」
「え?」

エルくんはウィンクすると、スマホを手にとった。

「大勢に知ってもらうには、やっぱこれが1番でしょ?」

その言葉に、私はエルくんが言わんとしていることを察する。
タイトルを書いた紙に紐をつけていたアトムくんが、顔を上げてニッと笑ってみせる。

「ツイッターで呼びかければいいんだな! オレ様に任せとけ!」

すぐにツイートを打ち込み始めたアトムくんを見て、ルイくんは頷いた。

「では、ツイッターのほうはアトムくんにお願いしましょう。
他に何かいい方法はありますか?」
「うーん、ネットで生放送でもする?」

アールくんの言葉に、ルイくんは首を傾げた。

「アール君、やり方を知ってるんですか?」
「うん! このあいだ友人に教えてもらったんだ!」
「じゃあ、このあと緊急生放送するよーって、ツイッターで呼びかけてみよっか」

エルくんも加わり、3人もスマホを取り出した。

「超拡散希望! 明日のマジフォーイベントは、会場が佐々木公園になったぜ!
全力RTで、みんなに知らせてくれ!
っと……あ、あとせっかくなら、写真もつけとくか!」

言いながら、アトムくんは公園の様子を写真に収める。
他の3人も、それぞれ会場変更や緊急生放送について、
お知らせしてくれているようだった。

「ねえ、マネージャー! 放送のテストするから、ちょっとスマホこっち向けてくれる?」
「こ、こうかな……?」
「うーん……もうちょっと左寄せて……アールが見切れちゃってる」
 
私はエルくんに言われるまま、スマホのムービー画面をみんなのほうに向けた。

「4人揃った? あ、アトムくん! 早くこっち来て!」
「あ、ちょ、待てって!」

エルくんに急かされて、アトムくんも画面の中に入った。
それを確認すると、私は本番開始のボタンを押す。

「あれ? もうこれ始まってるのかな? えーっと……」
「ちょっとアール! ちゃんと告知しなきゃ!
こほん……まりもガールのみんな、見てる~? エルくんだよ~!
超緊急の生放送だけど、結構見てくれてる人いるんだね。あ・り・が・と!」
「皆さん、こんばんは、ルイです。
僕たちのツイッターで先ほど流したツイートを、見て下さった方もいると思いますが……
明日のファン感謝イベント、会場を変更することになりました。
新しい会場は……ここ、佐々木公園です!」
「急で悪ぃな! でもほら! 今絶賛準備中だぜ! 見えるか?」

アトムくんたちが画面から出たので、私は準備中の石段のほうを映す。
画面の端で、アトムくんがピースしてみせた。

「急な変更になってしまって、本当にすみません。
でも、僕たちも精一杯イベントを盛り上げますので、みなさんぜひ来てください!」
「ルイくんの言う通り! 来ない子はお仕置きしちゃうよ~?
……な~んてね! みんなに会えるのを楽しみにしてるから♪」
「明日はオレ様たちと一緒に楽しもうぜ! よし! じゃあ最後はアール締めてくれ!」
「えっ!? ぼ、ぼく!? ……えっと……急な放送だったけど
たくさんの人が見てくれて、嬉しいです! ありがとうございます!
明日、この会場でみんなと会えるのを楽しみにしてるね!」

アールくんの言葉で、放送は終了した。
すぐに確認してみると、たくさんのコメントが寄せられている。

「みんな! こんなにたくさんコメントが来たよ!」

私がスマホの画面を差し出し、みんなで覗き込む。
ルイくんが読み上げてくれるのを聞く限り、会場変更があったにせよ、
明日のイベントを楽しみにしているといった内容が多くて安心する。

「こっちもたくさんリプ来てるぜ! RT数もすげえよ!」

スマホを見せてくれるアトムくんは、本当に嬉しそうだった。他の3人にしてもそうだ。
朝、本来の会場が使えないとなった時から、みんなの表情はどこか暗かった。
でも、今こうしてお客さんの反応を見て、笑顔になってくれた。

「よし! 元気も出たところで、準備再開すっか!」

走り出そうとしたところで、アトムくんのお腹の虫が鳴った。
その姿に、私たちは思わず吹き出してしまう。

「あ! 笑うな! オマエら!!」
「いえ……僕もちょうどお腹が空いたなと思っていたので。
では、まずは食事にしましょうか」
「さんせーい! 何食べよっかなー」

さっそく周辺のお店を調べ始めた3人に、アールくんは苦笑する。

「いいよね、マネージャー?」

もちろん、と私は頷いた。よく考えれば、朝から何も食べていなかった。
何を食べるか話し合っている4人を見ながら、私は思う。

(できることは全部やったよね。……あとは明日の本番を成功させるだけだ)

私は気持ちを確かめるように、手を強く握り締めた。

つづく