四方八方から挨拶が飛び交うテレビ局で、大勢いるスタッフのひとりとして現場に立つ。
私はMARGINAL#4のマネージャーとして、
慣れないバラエティー番組のセット裏にいた。

「おはようございます! 今日はよろしくお願いいたします!」

ディレクターやカメラマンはもちろん、共演者の方々ひとりひとりに挨拶をしていると、後ろから声をかけられた。

「お久しぶりです。ここのところ忙しくしているようですね」

きっちりしたスーツに身を包んだ張さんの姿をとらえると、
背筋が伸びるような気持ちになる。
同じ階の別スタジオで仕事があったらしく、彼は進行台本を手に持ったまま、
表情を変えずに言葉を続けた。

「ベストアルバムの発売が控えていますから、
今後とも気を抜かずに業務に専念するように」
「はい、ありがとうございます」
「イベントを開催するという話も聞きました。
……貴方にとってはこれまでで一番の激務なのでは?」

思わず返答に詰まってしまう。
確かに今、私はスケジュール帳に書ききれないほどの仕事を抱えているのだ。

(さっき見たら、目の下に隈ができてたし……
体調管理に気をつけないとまた怒られちゃうな)

「……でも、毎日がとても充実しています」
「そうですか。ひとつひとつを大切に、気を引き締めて業務を遂行してください」

そう言って、張さんは去っていった。

(たぶん張さんなりに期待してくれているってことなんだろうな……。
よし、気を引き締めてがんばろう!)

心強い先輩の言葉を胸に、私はメンバーの待つ楽屋へと向かうことにした。

   ★☆★

「お疲れマネージャー! 見ろよこれっ、今日の衣装、マジかっこよくね?」

扉をノックして入ると、アトムくんが私の目の前にやってくると、
嬉しそうにくるっと回った。
赤のパーカーにダークオレンジのTシャツ、
ダメージジーンズとハイカットのスニーカーがばっちりキマっている。
今日収録する番組は、今が旬なゲストを迎えてのトークバラエティだ。
普段の音楽番組で着用するステージ衣装ではなく、スタイリストの方に用意してもらった普段着に近い衣装を着ることになっている。

「アトムくん似合ってるね! みんなもその服装、かっこいいよ」

そう言うと、奥に座って読書をしていたルイくんが、そっとはにかんだ。

「ありがとうございます。しかし、このシャツにベストというチョイスは、
僕のイメージなんでしょうか」
「そうじゃないかな。本を読んでる姿はさらにハマってる、
というかそれも含めてひとつのコーディネートみたいだよね」

アールくんが言うと、それにエルくんも続いた。

「うんうん。あと、眼鏡を足してもいいかも……何色が合うかな?」

ルイくんはそう言われて、じっと鏡を見つめている。

「なるほど、わからなくもないです。でも、僕としてはアールくんの衣装が新鮮ですね」
「そうかな? どう? マネージャー」

ルイくんの横に座っていたアールくんが、立ち上がった。
ふんわりしたピンク色をしたオーバーサイズのカーディガンと、
ベレー帽がよく似合っている。

「うん、かわい……ええっと、かっこいいよ!」
「そうそう、とってもかわいいよね! 絵描きさんみたいだよ。マネージャー、俺はどう?」

言いかけて訂正した“かわいい”という言葉は、後ろに立っていたエルくんに
さらっと言い直されてしまった。
エルくんは黒のTシャツと細身のパンツをすらっと着こなしている。

「ふふっ。うん、エルくんっぽくてかっこいいよ」
「なんだよマネージャー、結局全員かっけーって感想じゃんかー!」

立ったままでいたアトムくんは、口をとがらせながら言い、
近くのソファーにどっかりと腰を下ろした。
エルくんもその隣に腰を下ろすが、こちらはいたって機嫌がよさそうにニコニコしている。

(みんな忙しいのに、元気だな……私もがんばらなきゃ!)

ちらりと壁にかかった時計を見て、時間を逆算する。

(本番まではまだ時間がある……メイクもすませてるし、打ち合わせをしておこうかな)

「みんな、台本はちゃんと頭に入った?」
「うん、大丈夫だよ。さっき4人でも話し合ったしね」

アールくんがめくって見せてくれた台本には、
線が引いてあったり、書き込みがされていた。
ほかの3人の台本にも同じところにペンが入っているのを見ると、
しっかりと打ち合わせをしていたみたいだ。

(みんな成長してるんだよね。あたりまえのことだけど、やっぱり嬉しいな)

昔はバラバラの気持ちで仕事に取り組んでいたときもあった。
けれど、一緒に歩んできた道のりが、それをひとつにまとめてくれた。

(台本のことはまかせておいても大丈夫みたい。あと、やらなきゃいけないことは……) 

スケジュール帳をめくって、カレンダーとにらめっこをする。
ベストアルバムのPR活動だけでも、学業と両立するのが大変なほどの数がある。
でも、それとは別にやらなければならないことがもうひとつあった。

(ファンイベントの準備、みんな進んでるのかな?)

発売されるベストアルバムの特典として、みんなで決めたファン感謝イベントの開催。 
急きょ決まったイベントではあったけれど、
運よくちょうどいい会場をおさえることができたため、
イベントの開催をウェブ上で告知するところまでこぎつけた。

(すごい反響で、一時はページにアクセスできないくらいだったんだよね)

ファンの期待の大きさを目の当たりにして、驚きを隠せなかった。
絶対に成功させよう、と笑顔で誓い合ったのは、つい昨日のことだ。

(とりあえず、進み具合だけでも把握しておこう)

「みんな、イベントのアイデアは浮かんだ?」
「おっ、その話、待ってました!」

アトムくんがスマートフォンを取り出し、指で忙しなく画面をスライドさせていく。

「イベントのタイトルを募集したら、すっげー数のリプがきてるんだぜ! ほら!」

こちらに差し出された画面を覗き込むと、
ファンの子たちからのたくさんのタイトル案が並んでいた。
それに混ざって、楽しみにしています、といった激励のメッセージもたくさんある。

「オレ様は引き続き、イベントの舞台裏ってやつをツイッターでガンガン拡散してくぜ!」
「うん、やっぱりみんなで考えると楽しいね。ぼくもいろいろ考えてきたんだよ!」

目をきらきらさせたアールくんは、バッグからスケッチブックを取り出して
それを机の上に開いた。

「ぼくがいろいろ描きためてきたデザイン画なんだけど……あ、見て!
これ、MG#4結成当時に描いてたやつだよ」
「そうなんだ、すごい……たくさんあるね」
「うん……そのときにぼくが思ったこととか反映されてるんだ」

アールくんは懐かしそうにデザイン画を一枚ずつ丁寧にめくっていく。

「ぼくね、イベントTシャツを作りたいんだ。みんなが同じ場所に集まったときに、
おそろいで着たいなって思って」
「MG#4のユニフォームといったところでしょうか。
いいですね、絆がいっそう深まると思います」
「えへへ、ありがとう! それで、ぼくはそのデザインを考えてみてもいいかな?」

ルイくんがそれに賛同して、アールくんが嬉しそうに言葉を続けた。
アトムくんとエルくんも、興味深そうにスケッチブックを眺めつつ、うなずいている。

「アールから見たオレたちのイメージ、MG#4のイメージが楽しみだぜ!」
「はいはーい! 俺はまりもの絵を入れたい!
みんなの好きなものを取り入れてもらおうよー」

(うん、順調にいきそうな気がする。みんな時間がない中でがんばってくれてるんだ)

「僕はダンスパフォーマンスを見てほしいなと思ってます。
レッスンを積んでいるわけですし、せっかくのステージですから」

ルイくんはそう言って、みんなを見た。

「僕が……新しく振り付けをしてみたいな、って思っています。
だから、みんな気合を入れて覚えてくださいね?」
「いいな、それっ! どんな振りでも踊りきってやるぜ!」

アトムくんはガッツポーズを作って、ルイくんに返している。
エルくんもアールくんもわくわくした様子だ。

「俺もファンのみんなを驚かせたいから……とっておきのやつ、披露しちゃおうかな?」
「とっておき? エル、何をする気なの?」

突然、得意気に言い出したエルくんを、アールくんが不思議そうな顔で見る。

(エルくん、すっごく楽しそうだけど……何をする気なんだろう?)

「俺、みんなに手品を披露しま~す!」
「手品!? エル、そんなことできんのかっ?」

アトムくんが驚いて手に持ったスマートフォンを落としかける。
エルくんはそんなアトムくんや、同じように驚いている私を含めた面々を見て
にやりと笑った。

「ふふっ、見ててよ。俺、けっこういろんなことができるんだよ?
……もしかして、マネージャーまで俺の言葉を疑ってるんじゃないよね?」
「ご、ごめん! ええと、きっと楽しんでもらえると思う!」

エルくんがふくれっ面で私を見てきたので、慌てて言葉を返す。

(そうだよ……ファンのみんなにめいっぱい楽しんでもらうんだから!)

「――私は……」 

自分が考えてきたアイデアを発表しようとしたその時、扉をノックする音が聞こえた。

「MARGINAL#4さん、スタンバイ、よろしくお願いします!」

アシスタントディレクターに声をかけられ、
はっとして時計を見るともう収録開始寸前の時間だった。

「よし、行ってくるぜ! あーわくわくするな!」

アトムくんが言いながら勢いよく立ちあがると、エルくんがそれに続く。

「そうだね、楽しみだな。マネージャーもスタジオまで行くでしょ? 見守っててよね」
「もちろん!」

残りのルイくん、アールくんもその後を追いかけるように立ちあがり、
スタジオに向かった。

   ★☆★

広々とした豪華なソファが並んだセットに、メンバーが入ってくる。
司会者の進行で、収録がスタートした。

「おしゃれタイムズへようこそ! 本日のゲストは、ベストアルバム発売間近のこの4人、
MARGINAL#4の皆さんです!」

観覧席の黄色い歓声に手を振ったり頭を下げたり、おのおの反応を返すメンバーたち。
最初に軽く自己紹介をしてから、テーマトークのコーナーへと入っていく。

スタジオの照明が落ち、スポットライトを浴びてゆっくりと、
星占いで有名なマダム・ミエコが入ってきた。
独特の衣装に身を包み、長い黒髪を揺らしながらMARGINAL#4を一瞥した彼女は、
開口一番こう言った。

「アナタたち、今日から星の巡りが悪くなるわネ」
「えっ? って、いきなりなんだそりゃ……」

表情をひとつも変えずに言われた言葉に、アトムくんが面食らって、聞き返す。
ほかの3人は呆気にとられて何の言葉も発せないままで、黙って占いの続きを聞いている。

「ちょうど今日から……アルバム発売日の前後まで、
アナタたちの星の輝きはどんどん弱くなってる」
「よりによってすっごく大切な日に運勢が悪いなんて、そんな……」
「もしかしたら、近々大変なことが起きるかもしれないわネ」

アールくんはがっくりと肩を落として、今にも泣き出しそうな表情でうつむいてしまった。そこで、エルくんがフォローするように切り出す。

「マダム、たとえばどういうことが起こりそうなんですか?」
「ワタシにはわからない。でも、実現しようとしている事柄を達成できない
未来が見えるわネ」

その言葉に、ルイくんがはっと顔を上げた。今日はベストアルバムのPRと同時に、
ファンイベントの告知もさせてもらう予定になっているのだ。

「またまた、マダムったら。飛ぶ鳥を落とす勢いの彼らですよ?
そんなはずあるわけがないでしょう」
「いいえ、ワタシの占いは正確です。これは逃れられない運命なのですヨ!」

司会者のフォローもむなしく、スタジオはどんよりとした空気になってしまう。
そのあとも畳みかけるように不吉なことばかりを言われてしまい、
その合間にやっとのことでアルバムのPRをして、収録を終えた。

「はあー……なんか、疲れたぜ。なんなんだ、あのマダムの勢いはよ……
しっかし、何も言い返せなかったな」
「本当ですね。しかも、ファンイベントの告知もできなかったですし……」

アトムくんとルイくんが暗い顔で控え室の扉を開ける。
エルくんとアールくんもため息をつきながら帰り支度を始めていた。

(これから、たくさんのことをこなしていかなきゃいかないのに……
なんだか出鼻をくじかれちゃったな)

  ★☆★

数日後、イベントの打ち合わせのために予約したレッスン室で、
私はノートパソコンを開きながらメンバーたちを待っていた。

「お疲れ様、マネージャー。あれ? 俺が一番乗りなんだ」

エルくんが制服のままいつもは持っていない大きなバッグを提げて入ってくる。
そのバッグを不思議に思っていると、続けてルイくんが部屋に入ってきた。

「マネージャー、エル君、お疲れ様です。……エル君、随分と大荷物ですね」
「あーこれは手品の道具だよ! 昨日の夜に念入りに準備してきたんだ!」

エルくんはバッグの一番上に入っていたらしいシルクハットをかぶり、
慎重に道具を並べ始めた。ルイくんは、珍しそうにそれを見ている。

「俺の考えてきた手品、まずはみんなに披露するから、アドバイスちょうだいね」

エルくんがウインクをしながらそう言うと、ルイくんは頷きながら口を開く。 

「僕も、振りを考えてきたので、あとでみんなで練習しましょう」
「もうできたの? すごいねルイくん。楽しみにしてるよ」

(パフォーマンス担当のエルくんとルイくん、順調に準備が進んでるみたいでよかったな)

私も仕事の手を止めて、まずはエルくんの手品について詳しく聞こうと立ち上がる。
それと同時にレッスン室の扉が乱暴に開き、
珍しく慌てた様子のアールくんが駆け込んできた。

「どうしたんですか、アール君。そんなに血相を変えて……」

ルイくんが冷静に声をかけると、アールくんは息を切らしたまま、口を開いた。

「実は……」

ふと、先日の収録でマダム・ミエコに言われた言葉を思い出した。
星の巡りが悪くなっている。そう何度も告げられた不吉な占い結果に、胸騒ぎがした。

つづく