ルイくんがバッグから取り出したのは、数枚のDVD。
ラベルには、ルイくんの几帳面な字で書かれた「MARGINAL#4ライブ映像」の文字。
「これは、僕たちの過去のライブ映像です。
初心に返るにはどうしたらいいかと、色々考えたんですが……
やはり、過去のライブ映像を見るのが一番いいのではないかと思いまして」
ルイくんの言葉を聞いて、他のみんなもそれはいい案だ、と頷いてくれた。
「さすが、ルイだな! よっしゃ、今から見ようぜ? 急がば回れって言うしな!」
自信満々の顔でDVDをセットし始めるアトムくんの耳には、エルくんからの
「善は急げ、ね」というツッコミは届いていない。
私のパソコンが映像を映し始めると、みんな揃って画面の前に座った。
「これは……ぼくたちのデビューイベントだね」
アールくんの言葉と同時に、「100万回の愛革命」が流れ出す。
お客さんの歓声と共に、4人が登場した。
「うわー……オレ、ガチガチに緊張してんなー……」
自分の登場シーンを見て、アトムくんはそんな感想を口にした。
「あの時のアトムくん、今じゃ考えられないくらい緊張してたよね」
エルくんの言葉で、私もデビュー当時のアトムくんの姿を思い出す。
「確かに……ダンスは堂々としてるのに、緊張してるっていうのはわかったかな」
「うっ……マネージャーにまで分かるほどだったのか、オレ……!?」
頭を抱えるアトムくんに苦笑しながら、ルイくんは画面を指さす。
「アトム君だけではないですよ。
僕も、今と比べればダンスのキレがあまりありませんし……」
いつの間にか、曲は「妄想遊戯者」へと変わっていた。
画面の中でアトムくんとルイくんが踊っている。
「この時は、ちゃんとルイとダンスできんのか、すっげー不安だったんだよな」
「それは俺たちもそうだったよー。ちゃんと声が届いているのかとか、
お客さんたちに気持ちが届いてるのかとか、やっぱり気になったもん」
次に流れてきた「燃えよ! LOVE★MUSCLE」を聞きながら、エルくんが言った。
アールくんも、うんうんと頷いている。
「そのことを思えば……今の僕たちは、確実にあの時から成長しているんですよね」
ルイくんが静かに言った。その通りだ、と私は思う。
(今までたくさんの困難があった。
その度に、乗り越えられないんじゃないかっていう不安もあった。でも――)
「どんな困難にぶつかっても……ぼくたちみんなで乗り越えてきたんだよね。
だから……今のぼくたちがいる」
まるで私の心の中がわかったように、アールくんがそう続けた。
「そうだよな……今までだって、乗り越えられないことなんかなかったもんな……!
だったら簡単じゃねえか!」
パンと手を打って、アトムくんが勢いよく椅子から立ち上がる。
「あんな占い結果なんて関係ねえ! 今回も、乗り越えてやろうぜ!
もちろん、オレたちの力でな!」
アトムくんの言葉に、他の3人も顔を見合わせた。
「今までだってできたんです。今回に限ってできない、ということはないですよね!」
「当たり前だよ♪ やってやろー!」
ルイくんもエルくんも立ち上がった。
最後に立ち上がったアールくんは、
ひとりひとりの顔をぐるっと見まわしてから口を開ける。
「ルイくん、DVDを持ってきてくれてありがとう。今はっきりわかったよ。
ぼくのMG#4に対する想いが」
言ってから、アールくんはパソコンのほうを向く。映像を巻き戻し、ある場面で止めた。
「それにね、思い出したんだ。この光景を……」
再び、「100万回の愛革命」が流れ出した。歓声の中、4人が登場する。
そして……会場いっぱいに星が降った。
あの時、舞台袖からこの光景を見て、込み上げる想いがあったことは、
私の中で一生忘れることはないと思う。
「ぼくは、この時に感じた気持ちを、またみんなで共有したいんだ」
まっすぐなアールくんの言葉は、私の胸の中にスッと入ってきた。
もちろん、そう感じたのは私だけではなかったようで――
「……アール、やっとリーダーっぽいこと言ってくれたね。その言葉、ずっと待ってたよ」
エルくんが言うと、アールくんは恥ずかしそうに笑った。
「よっしゃあっ! オレ様たちの本気、見せてやろうぜ!」
アトムくんの言葉に、みんな力強く頷いた。
★☆★
その日から、慌ただしく準備は再開された。
今まで悩んでいた分だと、みんな今まで以上に張り切って準備をしている。
「マネージャー! 手品の練習付き合ってよ」
「すみません、振り付けの最終チェックお願いしてもいいですか?」
「あ! Tシャツ、今日届くからよろしくね!」
「なぁ、当日はどこ集合にするんだ?」
「ちょ、ちょっと待って! ひとりひとり喋って!!」
慌ただしくなったのは、私も同じ。
イベントスタッフさんとの打ち合わせや、事務所への連絡で
朝からあちこちを駆け回っている。
携帯もひっきりなしに鳴って、息をする暇もないほどだ。
(えっと……次は何をやればいいんだっけ?)
私は手帳を開く。やらなければいけないことを書き出したページは、
何度も開いたせいでボロボロになっていた。
たくさん書き込まれたやることリストの中で、横線が引かれていない項目はあと4つ。
みんなの準備状況の最終チェックだ。
「みんな! 今、大丈夫? 準備状況を教えてほしいんだけど……」
私がそう言うと、4人は待ってましたと言わんばかりに私の前に整列する。
「じゃあ、まずオレ様から発表するぜ!」
ハイ! と勢いよく手を挙げたアトムくんは、ポケットからスマホを取り出す。
「オレ様は何を準備していたかというと、今回のイベントのタイトルだな。
ツイッターで案を募集してたんだ。……ってここまではみんな知ってるか。
それで……どんくらい案が送られてきたかというと……」
アトムくんは、1、2……と小さく数えながら画面をスクロールし始める。
「……えっと……あれ、次いくつだ……? あー! もういい! 数えるのはやめた!
とにかくたくさん送られてきたんだよ!
その中から、オレ様が頭をひねりにひねった結果……無事タイトルが決定したぜ!」
「タイトルはイベントの顔みたいなものだからね。
アトムくんがどんなのを思いついたのか、楽しみだよ♪」
エルくんがそう言うと、アトムくんは嬉しそうにバッグを引っ張ってくる。
中から筒状に丸められた紙を取り出した。
「なんですか、それ」
ルイくんの言葉に、ふふんと鼻を鳴らしたアトムくんは、
近くにあった机や椅子をずらして空間を作る。
「それじゃあ発表するぜ!
アルバム発売記念ファン感謝イベントのタイトルは――これだ!」
ドラムロールでも聞こえてきそうな前フリで、アトムくんはその筒状の紙を床に転がした。
「じゃーん! 『銀河の果てまで! 100万回のLOVE★MASQUERADE』だ!」
壁際まで届きそうな長さの紙に、
アトムくんが考えてくれたタイトルが大きく書かれている。
「いっぱい案はあったんだけどよ、やっぱベストアルバムの発売記念イベントだし、
今までの曲名にちなんだものがいいかなーって思ってさ。で、結果全部つなげた!」
アトムくんは、胸を張ってそう言った。
「どんなタイトルになるか楽しみでしたが……
なんというかアトム君らしいタイトルで、すごくいいと思います」
ルイくんの言葉に、エルくん、アールくんも頷く。
「アトムくん、せっかくこの紙作ってきたんだし……当日、どこかに貼れば?」
「おお! エル! いいな、そのアイディア! な、マネージャー、いいか!?」
アトムくんの手書きのタイトルは、展示したらお客さんも喜んでくれるかもしれない。
それに、みんなで作るイベントだ。
出た案はなるべく通してあげたい。
「うん! あとで会場のスタッフさんに確認してみるね」
私は手帳を開いて、さっそく走り書きをする。
「では次は僕の番ですね」
アトムくんが広げた紙を片づけ終えると、今度はルイくんが前に出た。
「僕は、新しい振り付けを考えて、みんなに覚えてもらいました。
みんなが言うように、ファンの方々とも一体になれたら……と思ったので、
サビの部分の振り付けは、真似しやすい動きを取り入れています」
私も試しにサビ部分の振り付けを覚えてみたのだが、とても覚えやすかった。
これなら、当日来たお客さんもすぐに踊れるだろう。
「ルイくんの指導は相変わらず厳しかったけど……でもすっごい楽しかったな。
当日ファンのみんなと一緒に踊れると思うと、今からワクワクしちゃうね!」
アールくんはそう言いながら、簡単にサビの振り付けをしてみせてくれた。
練習時間があまり取れなかったとはいえ、完璧にマスターしたようだ。
「了解! ルイくんのダンスパフォーマンスについては、あとは会場でのリハかな?
ちゃんとその時間が取れるように、スケジュール調整するね!」
「よろしくお願いします」
ルイくんが後ろに下がると、今度はエルくんがキャリーケースを引いてくる。
「じゃあ次は俺ね。ちょーっと待ってて」
そう言って、エルくんはなにやら準備を始めた。
キャリーケースの中には、どうやら手品の道具が入っているらしい。
取り出したシルクハットをかぶって、咳払いをする。
「コホン。それではエルくんのマジックショー、はじまりはじまり~♪」
どこからともなくBGMが流れ始め、エルくんは滑らかな手つきでトランプをきった。
「最初は定番のトランプを使った手品からいくよ。
……マネージャー、ここから1枚選んで?」
私は言われるまま、エルくんが差し出してきたトランプの中から1枚抜き取る。
「俺に見えないように、みんなで柄を確認してみて」
エルくんは後ろを向いた。私は他の3人とトランプの柄を確認する。
私が選んだのは、ダイヤの7。
「確認できたら、束の中に戻して? ……うーん……マネージャーが選んだのは……」
トランプの束を見つめながら視線を巡らせるエルくん。
こうして目の前で手品を見ることはあまりないので、
本当に当たるのかドキドキしてしまう。
やがてエルくんは1枚のカードを選び出した。
これでしょ? と示されたのはダイヤの7!
「すごい!」
私は思わず感嘆の声を上げてしまう。
「でもね、ここで終わりじゃないよ? はいっ!」
エルくんがトランプに手をかざすと……。
そこに現れたのはダイヤの7ではなく、4つの星マークだった。
「うおお! すげえ! え、どうやったんだ!?」
興奮した声でカードを見つめるアトムくん。私も思わず目を疑ってしまった。
「これは……すごいですね……どういう仕組みなんでしょう……」
ルイくんも興味深そうにカードを見つめている。
「ぼくがどんなに聞いても種明かししてくれないんだ……」
「チッチッチ、種明かしは御法度だよ?
それに、本番ではもっとすごいのやるから、楽しみにしててよね!」
私たちの反応に満足したのか、エルくんは得意そうに笑って、道具を片づけた。
これ以上にすごい手品というのも気になるが、当日まで教えてくれないようだ。
「じゃあ最後はぼくだね。……もうすぐ実物が届くと思うんだけど……」
さっきから扉のほうを気にしている様子のアールくんは、何かの到着を待っていたようだ。
「あっ! 来たみたい! ちょっと受け取ってくるね!」
メールを確認したアールくんは、すぐさま荷物を受け取りに向かう。
しばらくすると、大きな段ボールを抱えて戻ってきた。
「みんなーお待たせ! イベントTシャツ届いたよ!」
トンッと部屋の中央に置かれた段ボールを5人で囲む。
「……開けるね?」
私たちが頷いたのを確認すると、アールくんは段ボールを開けた。
取り出されたTシャツを見て、みんなの目が輝く。
「この間みんなと色々話したり、ライブの映像を見てたら一気にデザインが浮かんだんだ。
Tシャツの色はぼくらのイメージカラーに合わせて4種類あってね。
それぞれイベント当日にスタッフさんはもちろん、
来てくれたみんなにも配ろうと思ってるんだけど……どうかな?」
「すっげーいいじゃん、これ!!」
さっそく赤色のTシャツを手にしたアトムくんが言った。
「はい……! とてもいいデザインだと思います!」
「わ! ホントにまりももデザインに加えてくれたんだ。いい感じじゃん♪」
私もTシャツの1枚を手に取ってみる。
アールくんの、MG#4への想いが感じられるこのイベントTシャツは、
きっとお客さんにも喜んでもらえるに違いない。
「みんなの力でできたTシャツだよ。本当にありがとう」
Tシャツを胸に抱いて頭を下げるアールくん。その声は少し潤んでいるように聞こえた。
「おいおい、アール、なに泣きそうになってんだよ!
泣くのはイベントが無事終わってからだろ?」
アトムくんに言われて、アールくんはパッと顔を上げる。
そして、そうだよね、と小さく笑った。
「あ、ねえねえ、さっそくこのTシャツ着て振り付けの最終チェックしない?」
エルくんが緑色のTシャツを手に、言う。
「それはいい考えですね! ぜひそうしましょう!」
ルイくんも青色のTシャツが入った袋を開けた。
アトムくんにも渡そうとしたら、いつの間に着たのか、すでに赤色のTシャツを着ている。
「ほら! アールも早く着てよ!」
みんなから促され、アールくんも恥ずかしそうに、
自分のデザインしたTシャツに袖を通した。
「みんなとっても似合ってるよ……!」
私はそう声をかける。
「おお! みんなお揃いのTシャツって、なんかテンション上がるな!
そんじゃ、さっそく練習行くぜ!」
アトムくんの声を合図に、4人は稽古場へ向かっていった。
そんなみんなの後ろ姿を追いながら、私はふと思う。
やはり、あの占いは当たらなかったんだ、と。
(みんなで力を合わせれば絶対成功する! わたしも全力で頑張ろう!)
ぐっと、握った手に力を込める。
イベントは、もう目前に迫っていた。
つづく