――都内某所、快晴。
日曜日の午後ということもあり、この大型ショッピングモールでは、
たくさんの人たちが休日を楽しんでいる。
私はその一角にあるガラス張りのオープンなスタジオの隅っこで、
マネージャーとして仕事中だ。

先日、3枚のシングルをリリースしてきたMARGINAL#4にとって初となる、
ベストアルバムの発売が決定した。

(聞かされたときは嬉しくって、ついみんなと一緒に大騒ぎしちゃったんだよね……)

たくさんの苦悩を乗り越えてきたひとつの証のようなアルバムを、
よりたくさんの人たちに聞いてもらいたいという願いは、現状、私の原動力になっている。
それは当然MG#4メンバーも同じのことのようで、彼らは目下、仮面を脱ぎ捨て、
進化を止めぬ輝きを武器に、今日も笑顔と幸せを運んでいる真っ最中だ。

「さて、お待たせしました! 続いてのゲストは、初のベストアルバム発売を控えた
大人気アイドルをお迎えしています。MARGINAL#4の皆さんです!」

ラジオ番組のパーソナリティーに呼ばれて、4人がスタジオへ入ってくる。
外で待機していたファンの人たちが一斉に盛り上がってくれたのを見て、
通りがかった人たちが足を止めてスタジオの中を覗き込み始めた。

「スタクラのみんなもそうじゃねーヤツらも、待たせたな! 短い時間だけどよろしく!」
「本日はお招きいただきましてありがとうございます。よろしくお願いします」
「まりもガール、まりもボーイのみんな! こんにちまーりも☆」
「こんにちはー! 今日はぼくたちのために集まってくれてありがとー!」

今日の仕事はラジオの公開生放送。発売が間近に迫ったアルバムのPRのために
ゲストとして出演することになったのは、人気のFMラジオ番組だ。
アトムくんがツイッターで呼びかけたこともあり、ひらけた観覧スペースには、
あふれるほどの人が押し寄せている。
手を振ってくれているファンたちの手づくりうちわは星の形を模しているものが多く、
どれも力作ばかりだ。
それを見たメンバーたちは、自然とこぼれる笑顔で感謝を伝える。
そんな中、限られた時間の中で聞きどころを簡潔にアピールできるように、
パーソナリティーが慣れた様子で進行し始めた。

「それじゃあ早速だけど、今回のアルバムの聞きどころを……
ますは、エルくんから聞いてみようかな?」
「うーん。そうだねー、やっぱり……全部、かな?
だって、俺たちのデビューから今までの、熱い気持ちがたくさん詰まってるからね」
「そうそう、いろいろあったもんな。でも、オレ様たちにはファンのみんなが
ついてるから、ここまで来られたんだぜ! だから……」
「アトム君、熱くなるのは分かりますが、まずはアルバムの中身の話からしましょうか」

ルイくんがすかさずアトムくんを止めると、スタジオ前ではどっと歓声が沸いた。
ファンにとっても見慣れた掛け合いということなのだろうか。アトムくんにがんばれー! と声援が送られる。

「あははっ、MG#4ちゃんたちは元気がいいね。じゃあ、そんなメンバーを率いる
リーダーのアールくんは、どの曲がお気に入り?」
「あ、ええと……どれも好きなんですけど、1番古い曲と最新曲を比べてもらうと
おもしろいかな、って思います」

アールくんがはにかんだ顔で答えると、すかさずエルくんがそれに同調して言葉を続ける。

「さすがアール、俺たちの成長度合いを感じてほしい、ってことだよね?」
「うん、PT(パーティー)としての連携度がより高度に、
親密になっていってるのを感じてほしいかな」
「あ、そういえば、アールくんの趣味はゲームなんだっけ?」
「はい。ゲームというか、特にネトゲが好きで……時間のあるときにはずっとやってます」

またスタジオの外で、ドッと歓声が沸く。
それぞれの個性が受け入れられているのも、やはり嬉しいことだ。
ダイレクトにファンの喜ぶ顔が見られる環境はそう多くないため、
メンバーもいつにも増して楽しそうで、この仕事を請けることができてよかったと思う。

「みんな個性派揃いだね~。プライベートでもこんな感じなの?」
「そうですね、基本的にはほとんど変わりません。
ですから、今日は普段の僕たちがどんな姿なのか、皆さんにバレてしまいますね」
「ってゆーけどよー、オレ様いつもルイが読んでる本を
覗き込んだってさっぱりわかんねーっての!」

ラジオの仕事とはいえ、ファンに見られているという意識があるのか、
アトムくんは大げさに肩をすくめる。
その姿を見て、またスタジオの外でドッと歓声が沸いた。

「あ、そうそう、この間、まりもをたーっくさんもらったから、
メンバーにプレゼントしたんだ。みんなちゃんと育ててる?」
「きちんと定位置を確保して置いてありますけど、
育てているかと聞かれると返事に迷いますね……」

つい先日に起きたエピソードを披露するエルくんの隣では、
ルイくんは考えるような仕草のままで眉間にしわを寄せる。

「そ、そうだね……でも、ぼくのはエルのまりもと一緒に置いてあるから、
たぶんエルが世話してくれてるんじゃないかな?」
「もちろん、アールのまりもも俺が大切に育ててるよ」
「ならオレ様のも世話してくれよ! まりもの世話とかわかんねーし! なあ?」

苦笑いを浮かべるアールくんの隣で、アトムくんがスタジオの外に呼びかける。
すると、頷いているファンがいたり、お腹を抱えて笑っているファンがいたり、「まりも」
と書いてあるうちわを振っているファンがいたりと、さまざまな反応を返してくれていた。
ひとりひとりの反応を確認するかのようにファンを見る4人の目はとても優しく、幸せそうだ。

「じゃあ、そろそろ曲紹介をしてもらおうかな? アトムくん、お願いね」
「おうよ! それじゃ、聴いてくれ!
アルバム『STAR CLUSTER』から、新曲、『STAR SYMPHONY#4』!」

台本どおり、アトムくんが曲紹介をしたところで、突然スタジオに異変が起こった。
余計なノイズが入らないよう静かに行動をしていたスタッフたちが、
バタバタと足音を立てて慌てている。

「ん? どうしたんだ?」
「どうやらトラブルのようですね」

冷静に言うルイくんの隣で、アールくんが心配そうに眉を下げる。
エルくんは、状況の飲み込めていないスタジオの外のファンに向けて心配しないで、と伝えるように手を振っている。

「あららら……ごめんねMG#4ちゃんたち!
さっきまではちゃんと動いてたんだけど、機材の電源が落ちちゃったみたいなんだ」
「ええーっ? それ、いつ復旧するんだ?」

アトムくんが目を見開いて声を上げると、スタッフが慌てて状況を紙に書いて見せてくる。カンペのようだ。

「なになに? だいぶ時間がかかりそう? あー……まいったなぁ、こりゃ」

パーソナリティーがつなぎのトークを入れながら台本をめくると同時に、壁にかけてある時計を見た。MARGINAL#4の出演時間はあと7分弱。機材の復旧を待っていたら、宣伝にきたはずの新曲を流してもらえなくなってしまう。アルバムの情報を伝えられるだけでもありがたいけれど、やっぱり曲を流して、より多くの人たちに聞いてもらいたい。
けれど、スタッフの焦った顔を見ると無理を言うのは気が引ける。

(でも、なんとかして曲を聞いてもらえる方法……ほかにないかな)

メンバーたちも気持ちは同じみたいで、互いに顔を見合わせて小声で何やら話し合っているようだ。何か考えがあるようだけど……。
やがて、ぱっと顔を上げてこちらを向いたアールくん。
そして私に小さく手招きをした。

「どうしたの?」
「マネージャー、あのさ……生で、歌っちゃだめかな?」
「えっ?」

真剣な目をしてこちらを見てくる4人の向こう側には、
ガラス板を隔てて大勢のファンの姿が見える。
本来ならばここで新曲をみんなに聞いてもらって一緒に盛り上がる、という流れだった。なので、その提案は一番適当な解決策に思えるけど……。

(でも……新曲の初披露は来週の音楽番組の予定だし……、どうしよう)

「今日は歌う用意はできてないし……段取りも……」
「だからと言って、そのまま帰るなんてできないよ。
みんな、あんなに楽しみにしてくれてるんだから」

エルくんがふいに目を向けた先には、星型のペンライトを持っているファンの姿があった。

(……困ったな)

数週間前にレコーディングを終えて、今はテレビ出演へ向けてダンスと歌の練習を積んでいる途中でもあるため、ここで披露していいものか悩んでしまう。

「マネージャー、悩んでる時間すら惜しいです。お願いします」
「そうだぜ! みんながあんなに気合入れて来てくれてるっつーのに、
このまま帰れねーよ!」
「うん、ぼくもそう思う。ワンコーラスだけなら、なんとかなると思うんだ」

確かに、こうしている間にも時間は過ぎていく。
ファンをがっかりさせたくないという気持ちを優先すべきなのだろうけど、
生放送で台本に載っていないことをする恐ろしさは大きい。

(だけど、みんながファンのことを1番大切に思う気持ち。伝えさせてあげたい……!)

「……わかった。でも、サビのワンコーラスだけだからね? いい?」
「おう! サンキューな、マネージャー!」

真剣だった4人の顔がパッと笑顔になった。
そして、すぐさまファンの方を向き、今日一番の笑顔を見せる。

「みんな、お待たせ! ちょっとだけだけど、俺たちの歌を聴いてくれる?」
「では、音をとって合わせましょう。入りの合図はアール君にお願いします」

事情を察してくれたパーソナリティーは、にっこり笑い、軽快な煽りのトークに続けて、もう一度曲紹介をしてくれた。
少しだけ発声をしたあとに、アールくんを見る3人。
アールくんは真剣な顔のまま、私を見て軽く頷き、大きく息を吸い込んだ。

   ★☆★

「とりあえず、みんなお疲れ様!」
「おう! お疲れ、アール! あ~、マジで緊張したわ~……」
「まさかあんなハプニングがあるなんてねー。
でも、うまくいってよかったじゃない」
「そうですね。ファンの皆さんも喜んでくれたようでよかったです。」

大盛況の生放送を終えて、メンバーと一緒にいつもの練習スタジオへと戻ってきた。
ご飯休憩を挟んだら、次はダンスレッスンが待っている。

「ツイッターはどんな様子ですか?」

ルイくんにそう聞かれて、パイプ椅子に腰掛けたアトムくんは
慣れた手つきでスマートフォンを取り出す。

「んー……お! すっげー、リプがガンガン飛んできてんぜ!
生歌よかったーってのが大半だ!」
「そっか……やっぱり、やってよかったね」

ほっとした様子のアールくんは、にっこりと笑ってからお弁当に手を伸ばす。
エルくんも同じように手を伸ばした直後に、急にアトムくんが叫び、
驚いたルイくんが目を見開いた。

「ああーーーっ! ちょっとまて! オマエらいつも焼肉弁当じゃないのに
なんで今日はそっち選ぶんだよ! オレ様の分がなくなるじゃねーか!」
「いいじゃ~んたまにはさ。アトムくんも、変化を恐れずに違うのを食べてみたら
新たな発見があるかもよ?」

無敵のアイドルスマイルを披露したエルくんに押されて、
アトムくんは渋々から揚げ弁当に手を伸ばす。

「変化を恐れず、って弁当の変化も入ってんのかよ……
てゆうか、おい! なんでエルが2個持ってんだよ!」
「これはマネージャーの分。はい、たまには焼肉弁当がいいよねー?」

エルくんから渡されたのは、ほかほかの焼肉弁当。それを羨ましそうに見ている
アトムくんの眼力に、なんと答えようかと思っていると、ふいにルイくんが口を開いた。

「そうですね。やはり変化を恐れず、もっともっと新しいことに
挑戦し続けなければなりませんね」
「なんだよ、ルイも焼肉弁当がいいのかよ」
「違います。……アルバムの特典、そろそろ決めなければいけないんじゃないですか?」

(あ! いけない! 忘れてた!)

ルイくんの発言にはっとして、私は慌ててスケジュール帳を開く。
今回のアルバムの発売を記念して、何か特典を付けよう、
という話が決まったのは3日前のこと。
まずはそれぞれでアイデアを考えてこようと言ったきり、
普段の仕事の忙しさによって話し合う機会を逃したままだった。

「……みんなの方は、いいアイデアは浮かんだ?」

実際にはまだ猶予があるのだけれど、早めに決めてしまったほうがその分準備の期間が長くとれるので、このタイミングで話し合ってみるのもいいかもしれない。

「オレ様はツイッターで、アルバムの名前の期間限定アカウントを取って、
クラスタひとりひとりにきちんとリプを返したい!
普段だと、全員には難しいからなー」
「ぼくは付属のグッズを作りたいな。PT(パーティー)内で紋章をデザインして
装備に付けられる感じにしたらギルドメンバーって感じがしていいな、って思うんだ」

アールくんは、近くにあったホワイトボードの前に立って、
考えてきてくれたロゴの案を次々と描いていく。

「それも魅力的ですが、やはり……みんなでできることがいいのではないでしょうか。
ライブではなく、何か新しいことを……」
「……思ったんだけどさ。ファンのみんなと、表情が見える距離で会いたくない?」

エルくんのその提案に、ルイくんは一瞬驚いた顔を見せた。
けど、すぐににこりと笑って頷いた。

「いいですね、今日の生放送のように顔が見れるのは僕らにとっても嬉しいですし」
「そうだね。やっぱりチャットのやりとりだけじゃなくて、
同じ場所に集まってクエストをこなすほうが絆が深まるもんね」
「たくさんのフォロワーにいっきにリプできるいい機会だな!」

ルイくん、アールくん、そしてアトムくんもエルくんの意見に目を輝かせながら
乗り気になっている。
昼間の公開生放送で、ファンのひとりひとりの反応を見て、嬉しそうにしていた4人の姿を思い出し、ふと頬が緩む。

「それじゃあみんなの意見をまとめると……ファン感謝イベントをやりたい、ってこと?」

言った瞬間に振り向いた、4人のきらきらした笑顔が答えを物語っていた。

「そういうことだね。ま、もっとかっこいい名前を付けたいけど」
「おっ! じゃ、ツイッターで募集かけるか?
せっかくだから、ファンのみんなとも一緒に作っていきたいよな!」

話しているうちに、だんだんと詳細が固まっていく。
こうして個性的なアイデアがプラスされていくというのが、
グループの強みだな、と改めて関心した。

「なあ、マネージャー。イベント、今から準備しても間に合うよな?」

声をかけられて、一瞬戸惑う。
イベントの開催となれば、必要な準備は膨大だ。発売日から逆算しても、
ギリギリ間に合うかどうか……計算が追いつかない部分はいくつもある。
でも、MARGINAL#4のマネージャーとして私ももっと成長していかなければいけない。そのためには、ひとつひとつに全力で立ち向かっていくしかない。

(活動が増えるほど、私の力量が試される場面が増えるんだよね)

今日もとっさの判断を問われた。そして生歌へのゴーサインを出したことで、
関係各所への確認や報告に追われ、ばたばたしてしまった。

(大変だったけど……でも、私もすっごく楽しかったもんな……)

メンバーやファンのみんなの喜ぶ顔を見ることができて嬉しかったのは私も同じだし、
とても嬉しかった。
着実にトップアイドルという夢に向かって進んでいるメンバーのためにも、
無限の可能性を広げられるようなサポートができなければいけない。

(みんなと一緒なら、きっとできる!)

「うん! 感謝イベント、みんなでやろう!」
「よっしゃー! ってことで、アルバム発売記念のファンイベント、開催決定だぜ!」

こうしてまた、MARGINAL#4は新たなステージを切り拓いていく。
私はその姿を誇らしく思いつつも緊張感を募らせるのだった――。

つづく